書評『日本人が海外で最高の仕事をする方法 ― スキルよりも大切なもの』
- 牧野 輝彰
- 9月2日
- 読了時間: 6分
更新日:9月22日

※本記事で紹介する書籍は当社出版物ではなく、筆者が一読者として取り上げたレビューです。
この本『日本人が海外で最高の仕事をする方法 ― スキルよりも大切なもの』(糸木公廣著、英治出版)は、著者がソニー在籍中に20年以上、9か国で海外赴任を経験した体験をまとめた一冊です。私は昨年、ビジネススクールで「アジア人材マネジメント」という講座を受講し、その課題図書として本書を読みました。講座が重視していたテーマの一つは「グローバルマインドセット」でした。本書自体にその言葉は登場しませんが、各赴任先での経験談はまさに多様な価値観に向き合い、人との信頼関係を築く姿勢の重要性を示す内容であり、グローバルマインドセットを理解するうえで大きな示唆を与えてくれるものでした。そして私自身も20年にわたり海外赴任を経験してきた立場から、この本を非常に興味深く手に取りました。
グローバルマインドセットとは
グローバルマインドセットとは、異文化の中で柔軟に対応し、多様な価値観を尊重しながら人との信頼関係を築く姿勢を指します。単に語学力や知識の問題ではなく、「人を信じ、心を開き、違いを受け入れる姿勢」が核になります。本書を通じて著者が強調するのも、このマインドセットこそが海外赴任や国際的なビジネスにおける成果を左右するという点です。
各赴任先での学び
著者はインドを皮切りに、トルコとルーマニア、オランダ、ベトナム、韓国といった国々で駐在を経験しました。本書では、それぞれの赴任先で直面した課題と学びが各章ごとに具体的に描かれています。ここで詳細を語るとネタバレになってしまうので要点だけ触れますが、いずれの経験も「異文化との向き合い方」を深く考えさせられるものでした。
インド:文化の壁にぶつかり、帰国を促されるほどの挫折。現地映画を手がかりに価値観を理解し直し、信頼を回復。
トルコ・ルーマニア:文化や価値観の違いに直面する中で、それを障害ではなく「違いを尊重する学び」として消化し、相互理解を深める姿勢を学ぶ。
ヨーロッパ(大規模プロジェクト):システムトラブルや失敗に直面する中で、逃げずに課題に向き合う胆力を培う。
ベトナム:文化や人を深く知ることで、現地市場に根差した活動や人材育成を実践。
韓国:「ウリ(私たち)」の文化に挑み、組織文化改革に取り組む。自分をどう見せ、どう伝えるかの大切さを実感。
これらの経験に共通しているのは、知識やスキルよりも「人を信じ、心を開いて向き合う姿勢」が成果を左右するということです。
自分をどう「見せる」か
異文化の中では、日本人はしばしば「何を考えているかわからない」と受け止められます。本書が強調するのは、自分を隠さず、どう見せるかを意識することです。弱さや失敗を含めて開示することで相手の共感を得ることもあれば、信頼を築くきっかけにもなる。これは単なるスキルではなく、グローバルマインドセットの核心だと思います。
私の学び
本書を通じて得た学びは三つあります。
グローバル人材の条件は語学や資格ではなく、人志向と共感力。
異文化コミュニケーションは相手を理解するだけでなく、自分の態度を柔軟に変え、歩み寄ること。
人材育成と現地化はトップダウンではなく、現地社員に権限を委ね、信頼して任せること。
日本企業にとっては、同質性に依存する組織文化の限界を自覚し、多様性に適応する姿勢が重要であることを改めて考えさせられました。これは本書が直接指摘しているわけではありませんが、私自身の読後感として、グローバルマインドセットの必要性を強く意識させられた部分です。
標準化と適応化のバランス
グローバル経営で成果を出す鍵は、「本社標準」を守りつつも、現地に合わせて柔軟に運用することだと改めて感じます。本書の各章で描かれる実践は、まさにその往復運動でした。共通の価値・目標・指標は一本に通しながら、手段は現地の文化や慣習、人の強みに合わせて最適化していく。著者が強調する“人を尊重し、心を開いて向き合う”姿勢は、このバランス感覚と不可分です。
グローバル経営においては「標準化」と「適応化」のバランスが常に問われますが、その背後には組織を支える人事部門の存在があります。海外進出で成功する企業と頓挫して撤退する企業、その差を分けるのは戦略ですが、意外と見落とされがちなのが人材管理のあり方です。著者自身も述べているように、本社の人事部からの支援がなければ、各国での課題に立ち向かうことは難しかったとのことです。単に管理部門としてではなく、グローバル化をリードする戦略的な部門として人事が果たす役割は今後ますます重要になると指摘されています。
現場での判断の拠りどころ(私のメモ)
何を標準化するか:目的・価値観・守るべきルール(コンプラ/安全/品質指標)。
何を適応させるか:伝え方・チャネル・意思決定プロセス・報酬/評価・製品/施策のローカライズ。
委譲の設計:KPIは共通、裁量は現地へ。失敗は学びに変える前提で任せ切る。
両方向の翻訳:現地のインサイトを本社に上げ、標準に反映。標準の意図は現地語で腹落ちするまで説明。
著者が歩んだ各国での経験は、文化を媒介に信頼を築き直す工夫から始まり、異なる価値観を尊重しつつ組織を動かす挑戦へと続いていきます。ときには大規模プロジェクトのトラブルに責任を引き受ける場面もありましたが、その姿勢は後の大役に結びつきました。どの国でも共通しているのは、画一化かローカル最適化という単純な二項対立ではなく、標準化と適応化を行き来しながら成果をつくり出す実務の姿です。言い換えれば、本書は「グローカル化(Glocalization)」の実際を体現する経験談の集積だとも言えるでしょう。
まとめ
『日本人が海外で最高の仕事をする方法』は、海外赴任者の指南書であると同時に、人との信頼関係を基盤とする「グローバルマインドセット」の実践録です。著者の体験談は理論を超えた現場の知恵に満ちており、異文化のなかで成果を求めるすべての人に示唆を与えてくれます。
私自身も20年にわたり海外赴任を経験してきましたが、その立場から見ても本書の内容はどれも共感でき、深く頷けるものでした。海外で働く人はもちろん、国内で多様な人と協働する人にとっても、心を開いて人を信じる姿勢の大切さを再認識させてくれる一冊です。これから海外赴任を控える方や、多様な価値観の中で仕事をする方に特におすすめです。


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