
モームが歩いたかもしれない坂道、見たかもしれない海
- 牧野 輝彰
- 8月5日
- 読了時間: 1分
サマセット・モームの短編『A Friend in Need』は、神戸・塩屋を舞台にした物語だ。登場する外国人クラブは、現在も塩屋カントリークラブとして存在し、私の自宅兼オフィスのすぐ隣にある。
そして物語の終盤で描かれる“浮標”は、実際に塩屋漁港の沖に、今も静かに浮かんでいる。
モームは旅行者ではなく、観察者だった。彼の短編は、しばしば彼自身の滞在体験や土地の記憶に基づいている。塩屋クラブという名前、神戸の海岸線、クラブに集うイギリス人たちの会話、その空気感は、単なる想像ではなく、“体験した者にしか書けない密度”を帯びている。
私はこの風景のすぐそばで暮らしている。モームが眺めたかもしれない海、歩いたかもしれない坂道、聞いたかもしれない波音と、夜の会話。文学と現実の境界線があいまいになるこの感覚はきっと、この場所でなければ味わえない。
モームは、何を見てこの物語を書いたのか。それはもう確かめようもない。けれど私は、この海のそばで生きる一人として、彼が見たものを、私なりの目で見つめていきたいと思う。




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