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坂道の向こうにある風景

更新日:9月5日

神戸の西、塩屋の駅を降りると、そこは海と山が出会う町。漁港の香りと、洋館の名残が同居するこの場所には、どこか不思議な空気が流れている。


ジェームス山へと続く坂道を上るたびに思う。旅先で出会う風景は、その一瞬だけが心に刻まれるけれど、ここに暮らすようになってからというもの、風景そのものが少しずつ、自分の中に染み込んでいく感覚がある。


坂を上りきった先に広がるのは、静かに海を見下ろす高台。眼下には、浮標がぽつんと立ち、時折フェリーがゆっくりと通り過ぎる。あの浮標こそ、かつてサマセット・モームが短編『A Friend in Need』で描いた場所だとされている。そしてその物語の舞台となった外国人クラブ、現在の塩屋カントリークラブは、今や私のオフィスのすぐ近くにある。


私はここに住んでいる、というより「この山の一部になった」と言った方がしっくりくる。建物や風景だけでなく、日々の空気や光の移ろい、遠くから聞こえる船の汽笛すら、日常の一部となっている。


このジェームス山には、かつて多くの外国人が暮らし、彼らが残した文化や建築が今も静かに残っている。だがそれは観光地として語られるものではなく、住む者だけが気づく、ささやかで誇り高い記憶だ。


坂道を歩く。今日も、モームが見たかもしれない風景の中で。

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