
皇室典範と私が今中国にいて思うこと
- 牧野 輝彰
- 7月11日
- 読了時間: 2分
皇室典範の改正が話題になっている。
私は今、中国に滞在しながらこのニュースを見ている。
海外にいると、理屈だけでは収まりきらない現実に出くわすことが多い。民主主義か権威主義かという単純な二元論では、社会を説明できないと感じる場面も少なくない。
そんなことを考えていた時、久しぶりに片岡義男のエッセイ「民主主義は買えなかった」(『アール・グレイから始まる日』所収)を読み返した。
このエッセイが収められた『アール・グレイから始まる日』が刊行されたのは1991年。そして、その年は私がアメリカ留学から帰国した年でもある。当時も読んだが、35年近く経った今、中国に滞在しながら読み返すと、当時とはまったく入り方が違う。
海外で暮らし、異なる制度や価値観に触れ、理屈だけでは説明できない現実を数多く見てきた今だからこそ、「民主主義は完成された制度ではなく、常にメンテナンスを必要とする厄介なシステムだ」という片岡の言葉が、以前よりずっと重く響く。
日本は民主主義国家でありながら世襲による皇室制度を持ち、皇室典範の改正が大きな政治課題となる。一方、中国は一党支配体制ではあるものの、理念としては身分制度を否定し、「労働者・農民が国家の主人公」という建前を掲げている。
もちろん、どちらも理念どおりの現実ではない。しかし海外から日本を眺めていると、民主主義とは何か、平等とは何かを改めて考えさせられる。理念だけでは社会は動かず、現実だけでも制度は語れない。
片岡義男は、このエッセイをこんな皮肉な一文で締めくくっている。
「日本では民主主義が一夜にして完成品となり、そのまま現在に至っている。」
1991年に刊行された一冊を、アメリカ留学から帰国した年に読み、そして35年近く経った今、中国で読み返している。その間、私自身もさまざまな国や社会を見てきた。だからこそ、この締めくくりの一文が、当時とはまったく違う重みを持って心に響いている。
参考:片岡義男「民主主義は買えなかった」『アール・グレイから始まる日』(角川文庫、1991年)




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